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福岡地方裁判所 昭和45年(ワ)675号 判決

原告 太田徹二

右訴訟代理人弁護士 鍛治四郎

被告 山口和利

主文

一、福岡地方裁判所昭和四五年(手ワ)第五四号約束手形金請求事件につき当裁判所が同年四月二八日言渡した手形判決を認可する。

二、本件異議申立後の訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「本件手形判決を取消す。被告は原告に対し、金五二万円及びこれに対する昭和四五年一月一三日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として

一、被告は昭和四四年一〇月一日別紙目録記載の約束手形一通につき、被裏書人白地式で、第一裏書をなした。

二、被告の右裏書は振出人太陽電気通信機株式会社の手形上の債務を保証する趣旨でなされたものであり、右裏書に当り、被告は拒絶証書作成義務を免除した。

三、原告は、白地の受取人欄に被告氏名を、第一裏書の被裏書人欄に原告氏名を、各補充記載した。

四、振出人たる訴外太陽電気通信機株式会社は昭和四四年一〇月二四日不渡手形を出して銀行取引停止処分を受け倒産するに至った。

五、そこで、原告は同日福岡市大手門一丁目八番一〇号の右振出人会社営業所において、同会社に対し本件手形につき満期前の呈示をなしたが手形金の支払を拒絶され、さらに満期に支払場所において右手形を呈示したが手形金の支払を拒絶された。

六、本件手形は訴外大信電設有限会社に対する融通手形として振出されたのであるが、原告がこれを割引き同会社より取得したのである。その際被告は、本件手形の振出人が手形金を支払わないときは、必ず責任をもって支払う旨確約して裏書することにより、振出人の手形上の債務につき保証することを約束した。

七、原告は現に右手形を所持しているので、被告に対し第一次的には被遡求義務の履行を求め、第二次的には保証債務の履行を求めるものとして、本件手形金五二万円及びこれに対する満期の翌日以降年六分の割合による金員の各支払を求めるため本訴に及ぶ。

と述べ、被告答弁第六項の抗弁に対し、「本件手形が、原告を代表者とする大信電設有限会社振出の同一手形金額の約束手形と交換に、太陽電気通信機株式会社より大信電設有限会社に対する融通手形として振出されたものであることは認めるが、被告に対する融通手形ではない。」と答えた。

被告は、主文同旨の判決を求め、答弁として

一、請求原因第一項の事実は認める。ただし、被告は、振出人会社の経理担当社員として、原告の要請に応じ裏書したのである。

二、請求原因第二項の事実は否認する。

三、請求原因第四項の事実は認める。

四、請求原因第五項の事実は否認する。本件手形は支払のための呈示がなされていないものである。

五、請求原因第六項中、被告が本件手形につき責任をもって手形金を支払う旨約して保証をしたことは否認する。

六、(抗弁) 本件手形は振出人太陽電気通信機株式会社より訴外大信電設有限会社に対し、受取人白地のまま、いわゆる融通手形として振出され、同時に、大信電設有限会社より太陽電気通信機株式会社に対し同一手形金額の約束手形が交換的に振出交付されたのである。

右融通手形の交換は、大信電設有限会社の代表者たる原告と太陽電気通信機株式会社の使者としての被告との間でなされたものである。

大信電設有限会社振出に係る右交換手形も不渡りとなった。

従って、本件手形についても、右融通手形交換の事実を知りながら取得した原告は手形金請求権を有しないものである。

と述べた。

証拠 ≪省略≫

理由

一、被告が昭和四四年一〇月一日別紙目録記載の約束手形につき被裏書人白地式の第一裏書をなしたこと、右手形は、大信電設有限会社(以下大信電設と略称する)より太陽電気通信機株式会社(以下太陽電気と略称する)に対し手形金額を同じくする約束手形を振出交付するのと交換に、融通手形として太陽電気が振出し大信電設に交付したものであること、当時原告は大信電設の代表者であったこと、太陽電気は本件手形の満期前の同年一〇月二四日不渡手形を出して倒産したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

原告が、本件手形の白地の受取人欄に第一裏書人たる被告の氏名を、その被裏書人欄に原告の氏名をそれぞれ補充記載したこと及び原告が現に本件手形を所持していることは、被告において、明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべきである。

二、≪証拠省略≫によると、本件手形と交換に大信電設が振出した約束手形は、満期を本件手形の満期日と同日とし、支払場所を長崎信用金庫大牟田支店とするものであり、これも不渡りとなり満期を経過しても手形金の支払がなされていないこと、右融通手形交換の当時被告は太陽電気の取締役営業部長であり、右両手形の交換授受は、被告と原告との間で行われ、被告の裏書は太陽電気の振出人としての本件手形上の債務を保証する趣旨で右手形交換授受の際なされたものであること、原告は、右各手形の交換授受の即日本件手形をその支払場所と定められている福岡銀行黒門支店で割引き、資金を得て大信電設の事業資金として使用したこと、大信電設は原告とその父及び妻の三名をもって社員とする有限会社で、原告が専ら経営に当り、右両手形の交換授受以降満期日の前後を通じ引続き原告が代表者の地位にあったもので、原告のいわゆる個人会社ともいうべきものであったこと、原告の妻は太陽電気の代表取締役社長古賀克重の妹であること、以上の事実を認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

三、前示事実によれば、本件手形は融通手形として太陽電気により振出され、同時に、融通を受けた大信電設より太陽電気に対し、交換的に、手形金額及び満期を同じくする約束手形が振出交付されたのであるから、特段の反証のない本件においては、右後者の交換手形の手形金の支払がなされない限り、本件手形についても手形金の支払をしないものとする合意が右両会社間になされたものと認めるのが相当であり、右手形交換授受を直接担当し、その際保証の趣旨で本件手形に裏書をした被告と大信電設との間においても、右と同趣旨の合意がなされたものと認めるのが相当である。

そして、右交換手形につきこれが不渡りとなり手形金の支払がなされなかったことは前示のとおりであるから、被告は右合意に基き、大信電設に対する関係では、本件手形上の保証のための裏書人としての債務(固有の手形債務及び振出人の手形債務についての保証債務)弁済の履行を拒む抗弁を提出することができるものというべきである。

そして、被告が右抗弁をもって大信電設より後者の手形取得者に対抗するためには、該所持人が被告を害することを知りながら本件手形を取得したときに限られることは、前者との人的関係に基く抗弁として当然のことである。

四、ところで、原告は右融通手形交換の法律上の当事者ではなく融通手形の振出交付を受けた大信電設より本件手形を取得した第三者であるところ、その取得に当り、大信電設の代表者として前記合意をなしたのであるから、当然右合意の存在を知って取得したものではあるが、その取得の当時、交換的に大信電設が太陽電気に対し振出した約束手形につきその手形金の支払が将来なされないことを予想していた事実を確認するに足りる証拠はない。

しかし、原告は、右交換手形の満期日の前後を通じ、いわゆる個人会社たる大信電設の代表者として、同会社の運営を専行していたのであり、前記交換手形の手形金の支払がなされないことにより、被告の抗弁を構成する客観的内容が実現されるものであることを知りながら、自己の意思及び権限により同会社をして右手形金の支払をさせなかったのであるから、かように、将来生ずることあるべき自己の前者に対する人的抗弁の内容を知りながら手形を取得した者が、後にみずからその抗弁の客観的要件を作出、形成した場合には、手形法一七条但書に定める債務者を害することを知りて手形を取得したときに該るものと解すべきであり(このことは、本件のように被告の保証のための裏書が被裏書人白地式で直接原告の氏名が補充された結果、大信電設の名が手形上に表示されていない場合でも、同一である。)、従って、被告は前認定の大信電設との間の合意をもって、原告に対し支払を拒む抗弁として対抗し得るものというべきである。

のみならず、前叙の事実関係のもとにおいては、原告の被告に対する遡求権及び保証債権の行使は、信義に反し、かつ権利の濫用に該るものというべきである。

五、そうすると、被告の抗弁は理由があり、原告の本訴各請求は失当としてこれを棄却すべく、これと符合する本件手形判決を認可すべきものとし、民訴法八九条、四五八条一項に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺惺)

〈以下省略〉

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